子を失う哀しみを教えてもらった話

子を失う哀しみを教えてもらった話

いつも顔を会わす度、私(光子)のことを気遣ってくださる方がいる

その方の名前は「よし子さん」といい、

80代半ばの女性だ

 

小柄で優しい顔立ちをされていて、おっとりとした口調のよし子さん

ご主人は昔に亡くなって、今は一人で大きな家に住まれている

 

よし子さんはいつも腰が低く

どんな人にも自ら「こんにちは」「元気してますか」「ありがとう」を言う方で

私はこの人の優しさに癒され、お会いすると元気をもらえるのだ

 

いつも笑顔でいたからでしょう

目の周りには笑いシワがあって、口角は上を向いている

年を重ねるごとに、人柄が顔に出ている典型的な方だと思う

よし子さん、おしゃべりも大好きで

お会いしたときは自然とお互い、手を取り合って

「よし子さん、今日もお元気そうで」「光子さんも!」

と言葉を交わす

笑い上戸なところもあって、たわいない話で笑うことも多い

 

80年以上生きてきた

優しい掌が、私の冷たい手を包んでくれる

こころがふわっと優しい気持ちになる

 

私には「おじいちゃん・おばあちゃん」がいない

もう10年以上前に全員が亡くなっているから・・

だから

こういう年配の方との触れ合いが本当に有難い

 

よし子さんは

「お子さん元気にしてる?病気してない?」と、

私の子供のことを、いつもいつも気にかけて下さる

きっと愛情深いお母さんだったんでしょう

 

目じりの下がったつぶらな瞳は、

白内障の手術の跡でキラキラと光っている

わらうとシワなのか、目なのかわからない笑顔が大好きだ

 

 

ある日、部屋を訪れたとき

突然よし子さんが謝ってきた

「光子さんごめんね」と

 

よし子さんは

いつになく焦燥感の漂うしぐさで続ける

 

「今胸がいっぱいで

涙がこぼれそうなのよ・・・」

 

私はよし子さんがネガティブな事を言う姿や

泣きそうになっている姿を見たことがなく、

びっくりしてしまった

 

「大丈夫ですか?何かあったんですか」

 

小さな背中が小さく震え

つぶらな瞳をぎゅっと瞑って、ゆっくり話し出した

 

 

「娘がね…20年前ガンになったの

最初は原発が分からなくて、

検査しているうちに

いろんなところに転移してるのがわかったの

 

娘はね、辛い手術を4回も頑張った

内臓のいろんなところを切って

おなかの中が空っぽになるくらい取り出したの・・・

 

でもなかなか善くならなくて、

都内の遠くの病院にも入院したし

長距離を、看護婦さんと一緒に移動したり

いろいろ手は尽くしたんだけどね

何をしてもよくならなくてね

 

痛みに耐えて耐えて耐えて・・・」

 

よし子さんの口から、とめどなく言葉が出てくる

 

「むすめが『痛い痛い』というのが辛くてねぇ・・・

 

替われるものなら替わってやりたかった

痛みを取ってあげたかった

痛みで寝不足なことが多かったから

ゆっくり眠らせてあげたかった

 

孫は二人ともまだ学生だったから

『こんな子供たちを置いて死ねない』って

頑張っていろんな治療受けたんよ

 

でもね、もう無理かもと思いだして

家の近くの病院に戻ってきたの

 

私も娘の側にいたくて、看病してたけど

ずっとずっと痛みに耐えてる姿ばかりで・・・」

 

よし子さんが感情を思い切り出している

泣いているよし子さんの背中をさすると

小さな体は震えている

娘さんのつらくて苦しい闘病を

鮮明に思い出しているのだろう

 

「急に娘がね、私に言ったの

『お母さん、一緒に住めるように準備せんとね』

『お母さん、早く一緒に帰りたいね。』

『楽しみだね』と

 

それを聞いて

この子はまだ諦めていないんだな、と思ったの

そしてその後ね

『きれいな花が沢山咲いている道が見えるよ。

散歩に行きたいな。とっても綺麗だよお母さん』

と、はっきりと話してくれたんよ

ほとんど意識がもうろうとしてたけど

 

そしてね、そのまま亡くなったの」

 

次々流れる涙が

長年のよし子さんの

優しさと苦労を刻んだ顔のしわの間に入り込んで

顔がキラキラと光っている

娘さんのことを思って

苦しんでいるんだ

 

「もう悔しくてね

痛み取ってあげたかった

 

娘に会いたくて

会いたくて

何年たっても

今でも会いたくなるのよ

 

子供に先立たれることほど辛いことはないわね

 

娘が苦しむ姿を忘れることができなくて

たまにこんな風に涙が出てきて

止まらなくなることがあるんですわ・・」

 

よし子さんの嗚咽混じりの言葉が

私と2人きりの部屋に響き渡る

 

いつも人のことを気遣うよし子さんは

こんな辛く胸を引き裂かれる経験を乗り越えてきたんだ

知らなかったし

想像もつかなかった

 

 

わたしはよし子さんにかける言葉がなく

ずっと、頷いて傾聴するだけだった

 

・・・無力だ・・・

 

 

なんとなくだけど

娘さんは

綺麗な花の咲いた道が見えて

頑張って闘病した先に

天国にちゃんと行ったのかな・・・と思った

 

もしかしたら

今、この悲しみに包まれて大泣きする母の姿を

そっと側に降りてきて見ているかもしれない

もしかしたら

横に座って、手を差し伸べているような・・・

『お母ちゃん、泣かないで』って

 

そんな不思議な感覚を覚えた

 

 

涙をティッシュで拭って

よし子さんは少し笑顔を見せながら

 

「いつか私がそっち逝くときは

娘に会えると思って

少し楽しみなんよ

いつも私のこと気遣ってくれる優しい子だったの」

 

と言った

 

すっきりしたような顔をしたよし子さん

「こんな話してごめんね

気悪くさせたらごめんね」と

ここでも何度も謝って私に気を遣ってくれた

 

 

 

 

 

 

 

よし子さん

私は経験がないからわからないよ

 

でも、自分の子供が

自分より先に亡くなって

看取るなんて

 

考えただけで涙が出てくるよ

 

きっと、20年経った今でも取り乱すほどの悲しみなのだから

当時は、心が死んでしまっていたかもしれない

 

 

 

あなたの経験を聞いて

命の尊さとか

こうして今を生きていることとか

小さなつまらないことで悩んでいることとか

こんなに幸せなことはないんだと

気づかせてくれた

 

そして

「親を看取るという幸せ」

「子に看取られる幸せ」について考えさせてもらえた

 

 

その日の晩

いつもの布団の中で

娘と息子の眠っている顔を見つめながら思った

 

「この先、何があるかわからない

私が先に死ぬとも限らない

 

私が死ぬときは

この子たちがそばで泣いていてほしい

この子たちに

看取ってほしい・・・」と

 

 

こんなこと、今まで考えたことがなかったもんだから

 

目頭が熱くなって

胸がぎゅっと苦しくなった

 

 

よし子さん、尊い経験を話してくださってありがとう

 

ずっとお元気でいてください

あなたの話してくださったことは

ずっとずっと

 

 

忘れません

 

 

 

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