【保育園の記憶】今振り返るとある種「ブラック企業」だったのでは・・・と思う出来事

【保育園の記憶】今振り返るとある種「ブラック企業」だったのでは・・・と思う出来事

◎大好きなお家でシンプルライフ◎  

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元マキシマリストの光子です

掃除や片付けはもともと苦手ですが

マイホーム建築をきっかけに
少しずつ断捨離を進めております
片付け・整理整頓・収納に興味があり
身の回りを整えて気持ちや思考もシンプルにします
 
 
 

⬆︎プールに入りたい子供たちが

てるてる坊主を作ってダクトレールに掛けています
可愛い。。

子供たちは保育園でお手伝いをしています

ちゃんと「お当番さん」という形でやっています
 
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私の通っていた保育所

子供たちが通う保育園は親のわたしから見ると

とてもいい保育園だと思います
 
理由は
自分が行っていた保育所が
結構手抜きな活動が多かった
(失言)
・・・というのも、
私が保育所時代はクラスの人数がやたら多く
事あるごとにアンパンマンアニメを見せまくる
(子供としては嬉しいが、テレビが上にあってしんどかったし、
何時間もだと飽きてくる。実際「また顔濡れるの?」とか
覚めた目で見てしまってた。
でも、カレーパンマンはめちゃくちゃ好きで恋してた)
 

オヤツは市販のスナック的な味のないやつ

 

季節の和菓子の時は、アンコが苦手な子に吐くまで食べさせている

 

クラスメイトが泣いていようが無理やり牛乳飲ませる

(アレルギーの理解も乏しかった時代・やや力ずくも昔は多かった)
 

先生はアラサー3人の女の先生で仲が良く(とてもいい事なのですが)

いつもペチャペチャ喋ってて姦しく
子供ながらその光景を不思議に思っていました
 
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自分の時と比較してしまう・・

そんなことを思い出し、比較してしまう

 
うちの子供たちの保育園は
園にはテレビ一切なしの方針
できるだけ外で遊ばせる方針
夏場のプールは基本毎日実施
オヤツ全て完全手作り無添加
細やかな連絡事項を連絡帳に記載
ちょっとした怪我も園長交えて謝罪あり
担当は敢えて年代の違う先生同士をペアにし、多角的視点で保育してくれる
 
めっちゃ凄くね?
 
時代が変わったんだろか
他のママ友の話を聞いてても
すごくいい保育園・幼稚園が増えたような
 
 
そんな中、
私のブラック企業ばりの働き
ここで暴露させてもらっていいですか?

 

ブラック企業は言い過ぎだけど・・・

 

私が保育園年長になった時

私の母は当時保険会社でバリバリ営業をしていて

当時で言うキャリアウーマン的な位置づけでした

なので、保育園でも

帰ってくるのが1番遅く、お迎えが毎日最後だったんです
 
1クラス60人もいて
だいたい毎日最後、しかも一人でいる時間が長いということに
寂しさや不安・不満を感じつつも
物静かで無難な性格だったので
 
特にそれに関して泣いたり文句を言ったりもしていなかったのです
 
(ちなみにお迎え5時だったので、延長保育でもないのですが
田舎の保育園だったので専業主婦でも入れる保育園で
8割以上は専業主婦だったようです。
なので、4時までにお迎えに来るお家が多かった)
 
 
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遅くまで残っているから

先生たちも工作の仕事をするようで

結構園の先生から沢山工作の仕事を頼まれます
 
「これを線に沿って切ってくれる?」
「これをこの色で塗ってくれる?」
「これをこの通りに作ってくれる?」
「これをこんな風に貼ってつなげてくれる?」
 
それは毎日毎日、いろんな創作活動を一人で手伝っていました
 

一生懸命頑張った

私は自分で言うのも何なのですが

そういった単純かつ単調な工程の活動が得意で
集中して、卒なくこなしていました
 
でも、別に好きな事を好きにできるわけではなくて
決まっていることを決まった通りにしなくてはいけないので
ちょっとした責任感や
失敗したらダメという義務感を持ってやっていました
 
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自分でも「めっちゃがんばったよな・・・」

と思うほどの量をこなしていたし

 
先生からもものすごく感謝されました
「光子ちゃんいてくれるから助かるー!」と・・・
でもなんだかその言葉が心に響かない・・・
 

そして、私が切ったり塗ったり貼ったりしたものが

季節の行事なんかで使われているのも自分で分かっていたので
保育園の先生って今思えば、結構いろんなことをしなくては行けなくて大変だなと思います
 

ただ、なぜ先生の感謝の言葉が心に響かないのか・・というと

 

私が一生懸命創作活動に集中している傍ら

3人の先生はぺちゃくちゃおしゃべりしていたのです
 
子供ながらに「なんかこれって、おかしくない?」
と思ったのです
 
でも。。。
そんなこと表現できる手段も度胸も持ち合わせていない私は
黙って言われる仕事を一人でこなしていました
でも、理不尽を感じ続け
時々お母さんにチクっていました
 

でも、母親なんて

「お役に立ててるんだからいいことじゃない!」
とほめて?なだめて?くるだけ
 
そんなもんなのか…と
理解する・・というか諦めるしかなかったのです
 

でも、確かにその通りで

先生のお役に立てる上、自分の作品が様々な場面で飾られたり贈られたりしていることって
有難い経験なんです
 

でも私は子供だったから

「がんばったら報われる!ご褒美があるんだ」
なぜか確信していました・・・
 
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卒園時に、箱入りの贈り物

 
以前からちょこちょこ書いてきましたが
我が家はあまりおもちゃを買ってもらえない教育方針の家で
 
ずっとずっと欲しかったおもちゃをねだっていましたが
もちろん買ってもらえることはありませんでした
(当時3000円くらいする光るおもちゃ。
確かセーラームーンの変身ブローチ的なもの)
 

でも、でもでも

 

こんなに毎日頑張ってきて
先生からも「がんばってくれてありがとう」という言葉をもらって
卒園という今日には
絶対何かあるはずだ!!
 

卒園の感動よりも、卒園記念品として

少し大きな小箱があって
「もしかしてこれが変身ブローチ!?」
と、いてもたってもいられなくて
 
早く帰ろう早く帰ろう!中身を見たい!!一心で家につき
早速その箱を開けました
 
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「1年間毎日頑張った自分へのご褒美だ!!初めてのご褒美だ!!!」

ドキドキが止まらない
ワクワクがあふれ出す
やっと、報われる!
私頑張った!!

 

開けるとそこにあったのは・・・

・・
・・
・・
・・
 
 
 
 
 
・・

紅白饅頭6個

 

・・

・・

 

 

 

若干6歳にして詰みました

 
いや、うれしいですけどね紅白饅頭
美味しいし大好きだし
今なら意味合いも分かるので喜ばしいですけど
 
当時の私はあんこも大っ嫌いだったし
饅頭は絶望しかありませんでした
 
 
 
これ、ある意味ブラック勤務でしょ!?
 
 
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泣いてしまった

 

あまり親にもややこしいことは言わず
なるべく困らせず
いい子でいたかったのだけれど
 
この件に関しては本当に奈落の底に落ちたような感覚で
(今思い返せば大げさなんだけど^^)
泣いてしまいました
 

親は、私がそういう思いをしていたというのを、未だに知らないと思うし

別に知ってほしいわけでもないのでいいんですが
 

もし、こんな風に子供にお手伝いをさせている先生がもしいたら・・・

お願いだから先生同士
ペッちゃくっちゃしゃべらないでほしいです
 

先生の真意に一生懸命やっていた横でするお手伝いの創作活動なら

ここまで理不尽は感じていなかったと確信しています
(当時は、「大人は遊んで、私に押し付けている」という認識になるような環境設定だった)
 
子どもは結構見ているし
こうして大人になっても覚えているもんです
 

これが私の、ブラック企業(もどき)経験でした・・・

 

長々とお読みいただき本当にありがとうございます

自己擁護が激しめなのは
当時の自分を慰めてあげたい表れなので・・・ご容赦ください涙
不快に感じられた方がいたら申し訳ございません><
 
 
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